「手を引っ張る」から「手を離す」へ。小1行き渋りの体験記


小1の春から夏にかけて。わが家の長男も「学校に行きたくない」と強く訴える日々がありました。最初はちょっとしたグズりだったのが、次第に激しくなっていきました。


行き渋りが激しくなった毎日

足取りは重く、ほんの少しの距離なのに手を引っ張って行かないと進まない。何回も何回も立ち止まる。それでも仕事の時間が迫ってくる。毎日引きずるように学校の門まで送って行っていました。

近所のお兄ちゃんに迎えに来てもらっても、準備が間に合わず私が「早く!」とせかしてしまい、逆効果…。ますます登校が難しくなってしまいました。


先生や相談機関に頼ったこと

担任の先生に相談し、校門まで迎えに来てもらう時期もありました。ソーシャルワーカーにも相談しましたが「しばらく様子を見ましょう」との判断。しばらくっていつまで……具体的にどうすれば……とがっくりきました。それとは別で市の教育相談にもつながり、今も定期的に相談を続けています。

その間も、毎朝長男を学校へ送り届け、その後すぐ下の子を保育園に送る生活。嫌がる長男を前に心は折れそうなのに、下の子の送りも待っている。

「なんでうちの子だけ…」「どうしてこんなに毎朝大変なんだろう」――そんな気持ちが押し寄せてきて、玄関で一緒に泣いてしまいそうな日もありました。疲れ切って、逃げ出したいと思う朝もありました。


「戻りたい気持ち」と「信じたい気持ち」の間で

私の気持ちが限界に近付いた一学期の終わり頃、思い切ってルールを決めました。

「長男はひとりで学校へ。私は下の子と保育園へ行くからね。玄関の前でバイバイしようね!」

笑顔で宣言し、そしていざ迎えた当日。最初の日、長男はしくしく泣きながら玄関前に座り込み、動けなくなりました。私は遠くから見守りながら、心の中では「やっぱり迎えに行こうか」「でも信じて待とう」と揺れ続けていました。

そろそろ戻ろうか…と迷った時、長男は自分で立ち上がって歩き出しました。その背中を見て、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちと、よく頑張った!という誇らしさが同時にこみ上げました。

翌日も、その翌日も、私はバレないように少し離れたところから見守りました。そして今では、ひとりで学校へ行けるようになっています。


まとめ

この経験を通して思ったのは、私がすることは「手を引っ張って連れて行くこと」ではなく、「手を離して見守ること」だったのだということです。

行き渋りは親にとって本当にしんどいものです。泣く子を前にすれば、抱きしめて休ませたい気持ちと、なんとか行ってほしい気持ちの間で揺れ続けます。時には涙が出そうになり、逃げたくなる自分を責めることもありました。

それでも子どもを信じて一歩引くことで、子ども自身の力で前に進む瞬間が訪れるのだと実感しました。


これからについて

もちろん、今ひとりで学校に行けているのは一時的なことかもしれません。玄関で「バイバイ」するこの時間も、いつか子どもが一人で留守番できるようになれば意味を失うでしょう。

でもそれでいいのだと思います。子どもが成長するその時々で、また新しい課題に向き合い、また「手を離す」場面が出てくるはずだからです。

私が大切にしたいのは、その都度しっかりと子どもと向き合い、必要なときに勇気を出して「手を離す」こと。そして、どんなに揺れる気持ちがあっても「一緒に乗り越えていける」と信じることかなと思います。時に相談しながら、一歩一歩進んでいきたいです。

今同じように悩んでいる方がいたら、「親も泣きたいときがあっていい」「迷いながらで大丈夫」「子どもと一緒に少しずつ進めばいい」と伝えたいです。